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 薫風香る
    5 月
   

 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。


 【5月編】

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★2003.5.31 ・・・・・   SARS・4   ・・・・・

 こんなに早い台風の本土上陸は、久しぶりではないでしょうか? こちらでは、風もほとんど吹かずに、しとしとと雨が降り続く一日でした

 さて
 話を元に戻し、人類について、もう少し深く考えてみることにします。これから書くことは、あくまでも、生物の一種としての人類ということで書きますので、誤解のないようお願いいたします
 衛生面の改善・医学の発達・食生活の変化などにより、人間の死亡率は格段に低くなり、先進諸国ではここ100年あまりの間に、格段に平均寿命が延び、かなりの人が長寿を全うできるようになりました
 このことは、人類にとっては、素晴らしいことと思う反面、「人類の進歩」というようなことを考えると、さまざまな弊害を産んでいるように思われます。近代医学が登場する前までの人類は、感染症との戦いであり、歴史上知られているだけでもインフルエンザやペストなどの感染症により、人類は淘汰されてきました
 今回のSARSのような感染症が常に人類を襲い、生き延びたものだけが子孫を残すことができるという生物の原則に則り人類は進歩してきたと考えられるのですが、近代医学の誕生や発達により、今までは淘汰されてきた遺伝子が、医学により淘汰をされることがなくなり、逆に増殖しはじめているのではないかと思われる節さえあるように思われます
 例えば、視力の低下なんていうのもその一つだろうと思います。後天的に視力が衰えた人はともかくとして、生まれながらにほとんど視力のない人などは、狩猟採集生活を行なっていた大昔であれば、生きていくことは不可能だったはずですし、江戸時代くらいになると、按摩とかの仕事ができたので、生きていく術はできたとは思うのですが、それができる前は、どうなっていたのでしょうか?

 突き詰めて考えると、いわゆるさまざまな「人権問題」にまで踏み込まざるをえません
 国内で考えても、今春より社会保険の医療費自己負担が2割から3割に増額されることになりました。ついこの間までは、1割だったのですから実に3倍もの負担増になります。僕は自己負担が上がることに反対ということではなく、その原因追求をしなければ、さまざまな事象が見えてこないと思っているし、少なくとも社会保険制度は良い制度だと思っているので、少しばかり調べてみました。
 その中で驚いたのは、国負担の医療費総額もですが、高額医療のことでした。なんと、5%程度に人だけで、国負担医療費全体の30%ほどを使ってしまっているのです。現在でも、このように、高度で高額な医療を必要とする人がいるということは確かで、悪い言い伊方かもしれませんが、このような高度で高額な医療を必要とする人々は、今後も減ることはなく、恐らく増え続けていくものと思いますし、そうなると、ますます国負担医療費も増えてしまい、国の負担が増えるだけではなく、国民全員の負担が増えることになっていくはずです
 もちろん、このことは医療費のみならず、いわゆる弱者救済をするための社会保障制度や公共施設、道路・鉄道などの社会基盤整備にも関わってくることなのです。すなわち、国民共有の負担ということに繋がってくるものとなります
 このようなネガティブなことを書いてしまうと、勘違いをされるかもしれませんが、別に、弱者の人を責めているわけでも何でもありません。僕だって、いつ何時死にそうな病にかかるかもしれませんし、その時には、近代医学の恩恵を受けたいと考えていますので・・・・・

 世界的に見てみると、これから90億になろうかという人口増加が予想されています。本当にこんなに多くの人達が、一緒に生き残ろうと思うと、恐らくとんでもないことが起きてしまうことでしょう。想像がつきませんが、先進諸国の人達は、生活水準を下げなければならないだろうし、今までと同じように水や食糧を満足に消費することも、ままならない事になるでしょう
 地球上の資源と呼ばれているものも、無限ではありません。永続的に人類がこの地球に住み続けていくためには、そろそろ生活習慣も考えなければなりませんし、人類もある程度淘汰されることが必要ではないのかな、と漠然と思っています。「淘汰」という言葉は、同じ人類にあって、酷い表現かもしれませんが、これを書いている現在でも、世界では、餓死したり、他愛もない感染症(マラリア)などで命を落としている人々は数え切れないくらいいるわけですから・・・・・・





★2003.5.27 ・・・・・   SARS・3   ・・・・・

 いろいろと考えているうちに、SARSとは少しずつ話題がそれてしまいますが、お許しください

 人類規模で見たときに、はたして今の地球は、90億人もの人類を養っていくだけのキャパシティーがあるかどうかということです。とりあえず、日本のことから考えてみますと、まず第一に考えねばならないことは、いわゆる食糧自給率についてです。現在、日本の食糧自給率は41〜42%程度と推測されています。これは、日本人の主食である米の生産量が、需給ベースでみた場合に100%を超えているためなので、米を除くと28〜29%程度と言われています。特に、穀類の海外依存度は非常に高く、小麦や大豆などに至っては、国内での生産高は5%も無い状況で、ほとんどが海外へ依存しています。それに対して、主食の米は、かなり厳しく需給の調整を進めているのですが、いまだに、年間数十万トンは、生産過剰な状況になっています。この生産過剰な米の作付け面積を減らし、小麦や大豆の作付け面積を増やし、小麦や大豆の需給率をあげようというのが減反政策と呼ばれているもので、30年以上続けられているのですが、なかなか成果が上がらずに、穀類の需給率をあげるまでには至っていません
 また、牛肉や海産物の動物性タンパクについても、輸入量は相当の割合を占めています。いずれにせよ、我々が普段から口にする米以外の食料の70%程度は、輸入品(加工原料も含めて)であると言えます
 欧米の先進諸国と呼ばれている国の中でも、このような低い食糧自給率の国は日本しかないことは、あまりにも有名な話です。日本の立地や産業基盤を考えると、どうしても自動車と電気製品の2大産業が主力と考えざるをえません。これらの「工業製品を輸出させてもらう代わりに、農林漁業産物を買う」ということで、外国と貿易をしてきて、それで外貨を稼いだり、経済発展をしてきたのですから、仕方がないと言えば仕方がないような感じもしますし、我々庶民も、その恩恵を少なからず受けていることは間違いありません
 しかし、これからは、あの中国さえも食糧輸入国となっています。また、世界におけるこれからの製造業を支えていく立場も、日米欧から、東南アジアや中南米にシフトしていくことを考えると、これらの国々も、日本と同じように工業化を進めることにより、食糧輸入国となっていくことは、容易に想像がつきます
 そうなると、今まで日本に入ってきた食料も、今と同じようには入手できなくなりそうな感じがしています

 さらに想像を進めていくと、世界的な食糧不足に繋がるのではないかとも考えられますし、そのことを指摘する人もいます
 日本では、すべての食料の20〜25%程度が消費をされずに捨てられているという統計もあります。また、これから、人口も減っていくので、飢餓に結びつくような食糧不足に、いきなりなるとは思えませんが、そろそろ食糧問題にもキチンと対応しなければならないのではないかと思っています
 少し脱線してしまいましたが、人口増加に伴い、当然、それだけの食糧供給も必要となってくるのは自明の理です。食料を供給するところは、基本的には農地です。ところが、自然環境には限りがあり、農地にできるところとできないところがあります。また、気象条件などの天候要素も無視することはできません。ある記述によると、世界中の農地と呼ばれているところで、主食である麦や豆を生産しても、その生産能力は70数億人を養うだけの生産量しかないと書かれていました。これだと90億人という人口は養っていけないような気がするのですが、どうなのでしょうか?
 いろいろな問題や矛盾もでてきそうなのですが、ただ、いつかは今よりもひどい食糧不足が来ることは、間違いのないことでしょう
 例えば、現段階でも、途上国に対し、医療・農業・福祉などのさまざまな援助や支援が行われています。そして、感染症などによる死亡率を低くして、生き延びられるようにしても、途上国での食糧生産は、それに追いついていないので、飢餓だけがますます増えるという悪循環になってしまうのです

 いったい、どのような世界になってしまうのでしょうか?  まったく想像がつきませんね・・・・・




★2003.5.23 ・・・・・   SARS・2   ・・・・・

 イラク戦争が終わり、今注目されていることは、イラクの戦後の復興・世界経済問題・SARSという感じでしょうか?
 
  「人類の進歩」ということを考えると、世界史上に数多く行われた戦争というのも、動物の生理(節理)に沿ったものではないかと思われる節があります。なかには「戦争は、人類の人工調節機能の一つである」などという理論もあるようです
 21世紀は、ある一面「人口爆発の世紀」と考えても良いのではないでしょうか。現在、世界の総人口は63億人程度で、ワールド・ポピュレーションの数字を見ていると、1分間に130人前後のペースで増えているようです。ということは、1日で18万7千人、1年間で682万人、10年間で6825万人というペースになりますので、このまま推移するのであれば、今世紀半ばの2050年には、95億人程度になってしまいます
 ある統計による推計では、2050年には、世界の総人口は90億人程度になるのではと推定されています。もちろん推定ですから、どうなるかはわかりませんが、まあ、その数字に近いものになることは間違いないことと思われます
これは、人類が自然界から収奪(狩猟・採集)生活を行っていた頃では、とても考えられない数字でしょう。もちろん、地球規模で考えても、人類が初めて経験する数字だとも思います

 いままでは、人口の増加という感じでしたが、これからおこることは、増加ではなく爆発と言っていいくらいの、人類未曾有の出来事になるのではないでしょうか。この人口増加には、さまざまな要因が考えられます。医療の発達・衛生面の向上・農林水産業の発達・ライフラインの整備の向上などが、恐らく大きな要因ではないでしょうか
 では、いままで、人口増加の圧迫要因は何かということを考えると、人為的な要因では、やはり戦争というものが大きな要因であったことは、いうまでもありません。自然要因の大きなものは、やはり感染症でしょう。世界史上でもインフルエンザやペストなどにより大量の死者が続出したりしているのが、よく知られているところですが、現在でも感染症は人口増加の最大の圧迫要因であることは間違いがありません。人類の進歩や人口増加は、この感染症との戦いであったと思われるくらいの大きな出来事だと僕は考えています。医学の発達や衛生面が向上をされてきて、いわゆる先進国では、旧来の感染症に罹患することは、ほとんどなくなってきたのですが、物(食料品等)の流通が世界規模で動き出したり、温暖化などの影響を受けることにより、先進諸国も、これからは新たなる感染症の危機にさらされてくるのではと思うのですが、今回のSARSなどは、その良い例だと思っています

 いずれにせよ、人類は感染症と闘い、ある程度これを克服することにより、人口を増加させることに成功しました。もちろん、医学や衛生面の進歩だけではなく、他の要因も考慮しなければなりません。その他の要因とは、やはり「食糧の確保」でしょう

 人口の減少要因としては、感染症の次に大きいのは飢餓ではないかと考えています。野生動物でいうところの「餌不足」ですね。日本史上でも有名なのは「天明の飢饉」・「天保の飢饉」・「享保の飢饉」などが知られていますし、いわゆる「人買い」などの人身売買が普通に行われていたのも、飢餓が原因であることは間違いがありませんので、100年前の日本では慢性的な飢餓であったことは想像に難くありません
 もちろん、世界規模で見ても状況はまったく同じで、それは歴史上だけの事ではなく、現在でも、世界の中では、飢餓で亡くなっていく人がたくさんいるし、慢性的な飢餓状態の人まで含めると相当な数に上ることは言うまでもありません
 日本でも、江戸時代はサツマイモを作ることや、トチの木を大事にすることにより、飢餓対策としたりしていました。あるいは、保存食を作り出すという知恵も、古くからある飢餓対策の一つと考えて差し支えないでしょう。また、近年では、稲や野菜などの品種改良、土地改良・用排水路の改良などにより、生産性が飛躍的に高まり、一定の土地から得られる収穫量は向上するとももに、安定した生産量があがるようになり、先進諸国では、飢餓は克服されてきましたが、まだまだ、世界の中には、飢餓で苦しんでいる国や、人々もたくさんいますから、飢餓は今でも、人口増加を圧迫する要因の一つとなっています

 しかし、これからは、いわゆる発展途上国でも、医療が進んだり、農業が進歩していき、飛躍的に死亡率が低くなり、人類人口の増加に結びついていくのだろうと考えられています



★2003.5.21 ・・・・・   SARS・1   ・・・・・

 数日前に、台湾人医師が日本に旅行した後にSARSが発病したという事で、関係者や関西方面では軽いパニックになって
いるようです

 この新しい感染症は、ご存じのとおり感染経路もはっきりしないし、ウイルスも特定できていないような新型感染症です。患者数や死者は日増しに増え続け、死亡率も当初よりはるかに高まり、恐ろしい感染症である事がわかってきました。困った事に有効な治療法もなく、ワクチンができあがるのも数年後になると思われますので、いったん根絶しない限りは、しばらくの間、この恐怖との戦いを続けなければならない状況下におかれることでしょう
 現在、国内で感染者がでていない事は、奇跡的な事と思われます。このことは、発表されている「患者」の定義が、各国まちまちであることも一つの原因であると思われます。厚生労働省の発表によると、5月20日現在で国内での疑い例累計は49件で、うち、疑いが否定された件数は46件、専門委員会の審査予定件数が3件という状況です。また、可能性例累計は16件で、うち、可能性が否定された件数は、すべての16件という状況になっていて、現在発症者数は『0』ということです。ところが、この基準も、各国違うらしくて、日本での可能性例というのが、国によっては患者数にカウントされているものもあるそうです。そうなると、世界における実際の患者数の総カウントは減るでしょうが、逆に死亡率は高まってしまうという恐ろしい事になりそうです




★2003.5.17 ・・・・・   開放感満喫中・2   ・・・・・

今日は、久しぶりに普通の鳥の調査に行ってきました。コチドリ・イカルチドリ・コアジサシ・ハマシギ・クイナ・キアシシギ・バンなどなど、実に10数年ぶりにスコープで観察してきました。普通のバードウォッチングも、なかなか楽しいものだと、ちょっと思いました。いつもなら、時間があれば猛禽しか見に行かないし、ましてや、普通の野鳥などを見る時間は、もったいないくらいに思っていたのですが、やっぱり、普通の野鳥であっても、それらを探そうとすると、あれこれと生息地の条件などを考え推理しながら探したりしないと、効率よく見つけることはできないし、ましてや、山野の小鳥などを探すのに至っては、ほとんどの場合、鳴き声しか頼りになりませんので、それはそれは、神経を集中させていないと、その声を聞き分けられませんので、久しぶりに、集中してバードウォッチングをしたという感じでした

 山野の野鳥の鳴き声などは、普段から耳にしていますので、彼らを探すのにはさしたる困難もなかったのですが、困ったのは、水辺の鳥達です。「イカルチドリとコチドリでは、どこがどのように違うのか?」・「識別する時のポイントは?」・「オスとメスの違いは?」・・・・・鳥見を初めた最初の時には、覚えていただろうと思うのですが、今では、まったく何も覚えていないのですから、大変でした。一緒に調査に行った仲間の図鑑を見ながら、「あれはタカブシギかな?」・「これはイカルチドリか?」などという状況でして、あまりの記憶力の無さに愕然としました。一番ひどかったのは、夏羽根のハマシギがいたのですが、どう見てもド珍品のシギにしか見えず、あわてふためいて図鑑を見たら、ただのハマシギだったのには、あまりにも自分の情けなさに、思わず一人笑いをしてしまったくらいです 
 とまあ、いろいろな意味で反省をしたり、新たな発見をもした1日でした

 さて、本日の写真は、前回の美人写真に次ぐ、美人写真パート2です。湖衣姫さんの護衛をしている人だと思うのですが、この方も、凛とした感じでなかなかの美女でした。写真写りは、あまり良くないのですが、実物は、かなり素敵な方ですね〜。これは「写さなければならない!」と判断した僕は、関係者を装い近寄って思わずパチリしてしまいました





★2003.5.14 ・・・・・   開放感満喫中   ・・・・・

 ついに、僕にも「自由」という言葉を感じることができる時がやってきました。なんて書くと、大袈裟なのですが、実際はたいしたことではなく、ようやく仕事が一段落しただけのことです
 たいしたことはやっていないのですが、それでも、仕事に区切りがつくということは、なかなか気分も爽快になり、少しばかり肩の荷を下ろした気分にもなります。今後のことは、まったく何も考えていないのですが、2〜3週間ほどは、ひとときの開放感を味わえるような気がします。というか、すでに開放感に浸っているところであります
 
 右の写真は、4月に行われた「信玄公祭り」というお祭りに、武田信玄の側室として知られている「湖衣姫」さんです。昨年までの湖衣姫役は、山梨県にゆかりのある女性ということで、水泳オリンピック代表の萩原智子さんや、スケートの岡崎朋美さんなどが、この湖衣姫役をやっていたのですが、今年からは、一般からの公募で決められることになり、その第1号の女性です
 「湖衣姫」といっても、実は本名でも何でもなく、正式には諏訪御寮人と呼ばれているだけで、正式な名前は記録されていません。10数年前に行われた大河ドラマで、このような呼称がされて以来、「湖衣姫」と呼ばれるようになったのですが、山梨県人のほとんどは、このようなことすら知る人も少なく残念です
 この湖衣姫というのは、武田信玄が攻め滅ぼした諏訪頼重の娘であり、湖衣姫は父を攻め滅ぼした武田信玄の側室に向かい入れられ、子供まで宿してしまうのですから、戦国時代というのは、酷といえば酷な時代だったのかもしれませんね。ちなみに、湖衣姫の子の名は、武田家最後の領袖の武田勝頼でして、長篠設楽原の戦いで織田・徳川連合軍に破れ、最後の武田家領袖となってしまったというのも、何かの因縁なのかもしれません

 そんなことはともかく、公募で選ばれただけあって、なかなかお美しい女性でした。今日みたいに、開放感が満ちあふれている時には、このような美しい女性の写真がイイですね




★2003.5.12 ・・・・・   暑いの?寒いの?   ・・・・・

 久しぶりに、土日と連荘で山に遊びに行くことができました。今年になって初めてのことです。やっぱり山の空気や雰囲気は最高ですね。すべてを忘れて、とても気分がスッキリとします。何となくですが、意欲が湧いてくる感じがします
 
 さて、久しぶりに山に行って驚いたのが、とにかく寒いのです。当たり前といえば当たり前なのでしょうが、久しぶりに出かけるということと、甲府盆地がしばらく暑かったりしたので、そう感じるのだとは思うのですが、何しろ寒かったです。
 土曜日に出かけたところは、県内で、さして標高の高いところではなかったのですが、あまりに寒すぎて、午後からは、車の中に積んであったブランケットを体に巻き付けていないと、寒すぎて観察を続けていることができないくらいでした。実際は、ブランケットを巻いていても体に震えがくるくらいでして、なにしろ寒い一日でした
 日曜日には、ここよりも標高の高いところに出かける予定でしたので、今度は防寒対策もしっかりとして出かけることにし、早朝から家を出かけたのですが、目的近くの村に入り、道路上にある温度計に目をやると、気温は7℃と表示をされていました。やはり、想像通りの寒さでした・・・・・というか、想像以上の寒さでした
 この日のいでたちは、防寒用のタイツとズボンをはき、上着には、防寒ジャンパーを身につけていたのですが、この日は風も強く、体感温度はもちろん7℃以下で、恐らく2〜3℃といったところでしょうか

 「寒さ」というと、誰しも北国や豪雪の北陸地域をイメージすると思われますが、意外と知られていないのが、本州内陸部の高標高地域です。内陸部で標高が1200mを超えるところになると、GWでも、時には雪も降るし、冬場もめちゃくちゃ寒いのです。夏の行楽地として著名な長野の軽井沢・野辺山・山梨の清里などは、この内陸高標高地としても気象上有名な地点で、北海道の札幌あたりよりは、数段寒い所で、真冬などには、零下20℃くらいにまで気温が下がるところで、北陸地方はおろか、北海道の沿岸地域よりは、はるかに気温が低いのです。寒い日などは5月の声を聞いても、マイナス3℃くらいにまで最低気温はさがります
 また、内陸部特有の乾いた風も吹き荒れたりしますので、体感温度が想像以上に低くなるのは当然のことと言えるでしょう。おまけに僕の住んでいる甲府盆地は、同じ内陸部でありながら、とても暑いことで有名なところで、4月の下旬には32℃にも上昇してしまったところなので、あまりにも、そのギャップに悩んでいる今日この頃であります

 GW中には、すでに夏物である半袖シャツなどに衣替えを済ませた我が家では、朝晩はストーブをたきながら、半袖シャツを着て出勤をするなどという、恐ろしく変則な生活を強いられています
 早く夏が来ないかなぁ・・・・・・・






★2003.5.7 ・・・・・   最後の1枚   ・・・・・

 いよいよ今日でゴールデンウィーク(GW)も終わりなのですが、とてもGWと呼べるほどの連休でもなく、普段とあまり変わらないような感じでした。
 みなさまは、いかがお過ごしだったでしょうか?

 昨日は、フクロウサイトの たんぽぽさん が、秩父の金峰山から下山してくるということで、ちぎれ雲さんと3人で、甲府で落ち合い、近くのフクロウを少し見てもらうことにしました
 待ち合わせ場所である中央道甲府南IC近くで落ちあったのですが、あいさつもそこそこに、最初は、近くにある営巣地へち向かいました。ここの営巣地は、スギの木に営巣している場所です。スギの木は樹脂分が多く含まれているためなかなか腐りにくく、樹洞ができにくい木なのですが、ある程度(直径1m程度)大きくなると、樹高も相応に高くなり、台風・強風・大雪・雷などにより、幹や太枝が折れたり、損傷を受けることがあり、そこが樹洞となる場合があります。ここの営巣地は、幹が途中で折れていて、その部分が腐って樹洞になったタイプです
 車を数分走らせ営巣地に着いたところで、あらためてたんぽぽさんと近況などを話していると、巣立ち間近なヒナが、ピッシューピッシューと鳴きだし、我々を歓迎してくれているようでした。その後、ちぎれ雲さんが合流し3人でしばらく観察をしていると、そのうちに巣内にいるヒナの様子を伺うかのようにメス親も現れ、我々を楽しませてくれました

 次に、経師屋さんのところに伺う予定となっていたので、一路彼の観察している杜に向かうのですが、行きがけの駄賃とばかりに、途中にある営巣地に立ち寄ることにしました。ここの営巣地は、カシの木にある樹洞です。ここの営巣地は、昨年伐採されそうになったのですが、所有者と話をして、営巣木と周囲の木を数本だけでも残して欲しいとお願いをして、そこの一角だけ伐採されずに取り残された場所ですので、今年については繁殖しないかもしれないと危惧していたのですが、見に行ってみると樹洞からヒナを一羽確認することができました
 せっかくだからと、3人で記念写真を撮ることにして、交互にフクロウヒナとのツーショットを撮っていたのですが、ここで予想もしない悲劇が起きてしまいました。それは、僕がモデルとなりツーショット写真を撮り終え、次にたんぽぽさんをモデルにツーショットを撮ろうとした時でした。カメラマンは僕が買って出て、暗闇の中、カメラアングルを決めようと後ずさりしている時でした。うっかり何かに蹴つまずいてしまい、右後方に倒れてしまいました。その時に、自然と身体をかばうために、デジカメを握った右手から倒れ込んでしまったのです
 右の肘を少しすりむいてしまったくらいで、怪我は特にしなかったのですが、右手に握ったデジカメを見てみると、レンズがついて繰り出され伸びている鏡筒部分が、あわれに曲がって変形しているではありませんか。曲がった鏡筒を戻そうとして、軽く元の方向にもどしたら、パキッと軽く音を立てて鏡筒部分が折れてしまったのです。

 あぁぁぁぁぁ・・・・・最悪の事態ですが、まあ、仕方がありません。わずか2年で寿命を終えてしまったのですが、とうてい元は取っていないと思うのですが、あきらめることにしました

 その後は、3人で経師屋さんの杜に向かい、今度は経師屋さんを交えて4人で杜のフクロウを観察しました。この杜でも巣立ち近いヒナを観察することができ、ヒナの様子を見に巣に戻るメス親も観察することができました。ヒナは1羽しか目視することができませんでしたが、声の様子からすると、見えない1羽はまだ小さな感じを受けたので、巣立ちまで、もう数日かかるかなと思ったのですが、翌日に電話がきて、無事2羽とも巣立ちを迎えたそうでした(詳しくは 経師屋さん のHPで報告されています)

 ということで、夕方から3つの営巣地を見てもらい、いよいよ、楽しみのドリンキングタイムを迎えることになりました。杜で経師屋さんと別れ、甲府まで戻ってきたのは、夜10:00過ぎでした。それから飲み始め、明日は仕事というちぎれ雲さんまでを巻き込んで、3人で遅くまで飲んでしまい、そろそろ解散かという時には、日付けが変わった2:30過ぎでした

   たんぽぽさん     遅くまで連れ回してしまい 申し訳ありませんでした
   経師屋さん      いろいろと ありがとうございました
   ちぎれ雲さん     遅くまで付きあってもらい ご苦労様でした

 さて、本日の写真なのですが、1枚目の写真は、フクロウのヒナが巣の中にいる様子を真上から撮影したもので、ヒナの近くには、ドバトなどの鳥の羽が散乱していました
 2枚目の写真は、哀れな姿になってしまった僕のデジカメです。レンズが付いている鏡筒部分が、付け根の部分から綺麗に折れてしまっています。ここまでになってしまうと、直すよりも中古のデジカメを買った方が安いはずですので、いよいよ永のお別れとなります

 3枚目の写真は、壊れてしまったデジカメでの最後のショットです。この写真を撮った後、壊してしまいました。ちょっと恥ずかしいのですが、最後の1枚という事で記念に掲載することしました。デジカメを購入してから2年余という短い月日でしたが、画像のカウントは5329となっていますので、5329枚目ということになり、コストパフォーマンスは少々高かったようですが、まあ、仕方がありません




★2003.5.3 ・・・・・   誕生日・2   ・・・・・

 久しぶりに復活したこのコンテンツですが、誰か読んでくれている人がいるのでしょうか?
 めげずに、少しずつ書いていきたいと思っています。さて、昨日の雑感では、誕生日に関する興味深いことを発見したと書きましたが、今日はそのことについてです

 それは、同一の誕生日に生まれた家族を持つ家庭がいくつかあったということです。それは、ある両親から生まれた子供が、父親か母親と同じ誕生月日だったということです。そのような例が4組ありました。この数字が多いか少ないかは何とも言えないところなのですが、今回の名簿では、18歳未満の子供については、掲載されていません。もちろん、成人した子供達もたくさんいることはずで、このような成人して世帯を分離している人については、その親子関係などまったくわかりません。ですから、実際には、夫婦と18歳以上で世帯を分離していない子供を持つ世帯である場合しか、この親子関係はありませんので、想像以上に多いという印象を受けました
 当然、このような場合にも、出生届を提出する時に、何らかの操作が行われたり、あるいは、子供作る時に、その時期に生まれるよう、計画出産されたかもしれないという人為的影響があったのではないかということは、少しは想像されますが、不思議といえば不思議ですね(偶然かもしれませんが)

 不思議や偶然ということでは、片づけられそうにないのが、同じ誕生月日を持つ夫婦も想像以上に多かったというのも、非常に驚きでした。同じ誕生月日を持つ夫婦は、全部で6組もあり、驚くなかれ、誕生年まで同じ夫婦はその中でも半数にあたる3組もいたことです
 振り返って考えてみても、小学生時代からいままで、何人の人の誕生日を聞いたり、名簿等に記載されている誕生日を見る機会があったかは定かではありませんが、同じ誕生月日を持つ人すら見たことも会ったこともないので、何という不思議というか偶然もあるのだなぁ、と妙に感心してしまいました
 それにしても、同年同月同日の同じに日に生まれた人が、出会う確立は、かなり少ないだろうと思われます。例えば、僕と同じ年(1959年)生まれの人は、全国に約160万人程度います。単純に計算すると約4400人くらいが同じ日に生まれている可能性がありそうです。これを山梨県内で考えてみると、1959年に生まれた人は、約12000人程度ですので、単純な計算では約33人程度が同じ誕生日に生まれているはずです
 また、同級生と結婚する人はけっこういるような感じがしますが、それでも、半分程度の割合でしょうか。その中で、同じ誕生日の人と結婚する割合ってどれくらいなんでしょうか?
 山梨県内の例で考えてみることにします。僕の場合だと、同じ日に生まれた人は33人程度しかいないわけで、半数が男で、半数が女性ということになると、僕と同じ誕生日の女性同級生は、16〜17人しかいないわけです。結婚対象の女性を県内の同級生女性と考えると、6000人くらいが対象になるはずで、17÷6000としても、0.28%の確率になりそうです。現実は、同級生だけが結婚対象ではなく、前後にかなりの幅があることは言うまでもありません。仮に、前後3歳程度までを結婚対象とすると、6000人×7年で、結婚対象女性は42000人となり、そうなると、その中で、同じ誕生日に生まれた人がいる確率は、17÷42000となり、0.04%となってしまいます。現実は、もっと低い確率のような気がしますので、わずか5000人程度の名簿の中に、そのような夫婦がいること自体だけでも驚いたのですが、しかも3組がいるとは、偶然の賜なのか、それとも当たり前のことだったのか・・・・・

 ちなみに、僕と同じ月日に生まれた著名人には、風間杜夫・加藤浩次・大橋純子・田中直樹・飯田 蛇笏・胡桃沢耕史・新谷 かおる・栗山 英樹・福留 孝介・琴風 豪規さんなどがいるようです
 僕とまったく同じ日である1959年4月26日には、推理小説作家の有栖川 有栖(ありすがわ・ありす)という方が生まれているようで、その他のアニバーサリーとしては、世界のホームランキングである王貞治さんが、巨人軍に入団して第1号のホームランを打った日でもあります

 これらの情報は、「ストローワラの交差点」というところで、入手しました。お暇な方は、お試しあれ・・・・・




★2003.5.1 ・・・・・   誕生日・1   ・・・・・

 こちらでは、ご無沙汰をしていました。少しずつ必要なソフトをインストゥールしたり、FTPの設定などを行ってきた結果、ようやく、ファイルをアップできる環境が整いましたので、ボチボチとアップしていきたいと思っています。1ヶ月以上も放置してきたHPなのですが、その間、飽きもせず訪れてくれた皆様に感謝申し上げます

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 数日前に44歳の誕生日を迎えたのですが、特に感慨もなく、普通の一日でしたね

 さて、誕生日で思い出すのは、人間の誕生日のことです。発情期が無い人類では、ある特定の日に集中して生まれるようなことはなく、適度に分散して生まれてくるのが普通であり、サンプル数が多くなればなるほど、1年365日綺麗に分散されるて生まれてくるはずなのですが、ある統計によると、集中して多い日と、少ない日があるそうです。
 詳しい出典はよく覚えていないのですが、1年中で一番多い誕生日は1月1日だそうで、次が4月1日だか4月2日なのだそうです。理由は、何となくわかることと思いますが、1月1日は、年の初めの元旦ということもあり、縁起が良いということだろうし、4月1日(or2日)が多いということは、就学の分かれ目がこの日にあるからですね。ですから、12月30日とか31日、あるいは、1月2日などに生まれた人などは、産婦人科さんにお願いして、誕生日を1月1日に代えてもらうということをするからでしょう。それに対して、3月31日に生まれた人は、たった一日しか違わない4月1日生まれの人とは、その1日が1学年も違うことになってしまうので、それを避けるために、4月生まれにしてもらうということがあるからですね

 このような話は、良く聞く話なのですが、本当はどれくらいあるのでしょうか?
 ある時、恐らく名簿業者などが持っているような、生年月日入りの名簿を目にする機会がありましたので、1月1日や4月1日などの特定の誕生日にどれくらい集中しているのだろうかと、簡単に調べたことがありますので、今日はそのお話です

 さて、その名簿の内容についてですが、18歳以上の男女が5000名ほど掲載されているもので、誕生月日だけを目で追いながら、チェックをしていき1月1日生まれと、4月1日・2日生まれを数えていきました。それだけでは普通の日と比べるのにも片手落ちになりそうなので、それと同時に、任意の日を設定し、その日に生まれた人も併せて数えてみるという方法で行ったのです。任意で設定する日については、その日の前後になるべくアニバーサリー的な日が無いような日で、見つけやすい日ということで、6月10日を設定してそれぞれの誕生日の人を数えるという方法で行ってみたのです
 単純に考えてみると、その5000人が平均に生まれるだろうと考えられ、そうした場合は、5000÷365=13.69となり、13〜14人という答えになるはずです
 ところが、数えてみた結果は驚くべきことがわかりました(とはいっても、たいしたことではありませんが・・・)。結果から書きますと

○1月 1日生まれ   51人
○4月 1日生まれ   10人
○4月 2日生まれ    6人
○6月10日生まれ   16人

という結果だったのです

 1月1日生まれは、計算上の13〜14人から比べても、3.7倍も多いことになっています。次に多いと言われている日の4月1日については、10人しかいなくて、計算上の平均日数にも足りていません。また、4月2日生まれに至っては、計算上の半分にも満たない数でしかありません
 それに対して、任意で設定した6月10日については、計算上の平均に近い数字がカウントされましたので、まあまあの信頼性かなとも思っています
 そうすると、いままで何かで読んで信じてきた「1月1日生まれは多い」ということについては、かなりの信頼性がありそうだし、「4月1日・2日生まれの人は多い」ということについては、ちょっと眉唾ものかなとも思えてくる結果ですね。もちろん、たくさんの資料を目で追うだけでカウントしていただけですから、見落としもあるとは思いますが、それにしてもカウント数が少なすぎる感じがしました

 ちょっと視点を変えて考えてみると、夫婦で子供を作るときに、何らかの操作をしているということも、考えられなくもないような気もしているのです。つまり、3月下旬〜4月上旬に子供が生まれてくると、子供の就学問題がでてくるかもしれないから、それを逆算していき、この時期に子供が生まれてくるような事は、避けているという事も少しはあるのかなということです。もちろん、サンプル数が少ないので、ある程度の偏りも見られているのかもしれません
 逆に、そこそこ信頼できるサンプル数と、結果ということであれば、年末年始みたいに忙しい時に子供が生まれることなども、ある程度は避けているような感じもしますので、ひょっとすると、1月1日の51人なんていうのは、もの凄い数字なのかもしれませんね

 いずれにせよ、特定の日(1月1日・4月1日・4月2日)と、任意の日(6月10日)だけではなく、特定の日前後の日も、詳しく調べておくべきでした。数えている途中でも、途中でそのことを考えたのですが、いかんせん、数え直すのも面倒くさいなってしまい、特定の日の前後は、数えることなく終わってしまいましたので、そのことだけが、今思い出しても残念で仕方がありませんね
 また、なんとなくですが、気候が厳しい真夏や真冬、あるいは年末年始や年度末年度初めなどの時期は、他の時期に比べると生まれてくる子供も少ないのかもしれませんしね

 単純ですが面倒くさい作業ですし、そのような名簿に出会うチャンスも、もう無いと思いますので、僕はもうやることはありませんが、チャンスがありましたら、誰かやってみてください

 さて、それ以外にも、なかなか興味深いことにいくつか気がつきました。もちろん、誕生日に関することなのですが、これについては、次会に報告致します



 











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